横浜地方裁判所 昭和24年(レ)11号 判決
控訴人両名訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一・二審を通じ全部被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
被控訴代理人は、請求の原因を次の通り述べた。
「被控訴人は、造船・船舶修理を営業とする会社で、別紙目録<省略>記載の建物を、從業員用社宅として所有するものであるが、
一、控訴人菅田久吉は、昭和二十年九月二十日被控訴会社を退社したものなるところ、同年十一月十五日以來別紙目録記載(一)の建物を、何等の権原なく占有している。
二、控訴人城戸正己は、昭和十八年九月二十日被控訴会社に入社し昭和十九年四月別紙目録記載(二)の建物に、被控訴会社社宅貸付規定にもとずき從業員として在職中に限り使用する約にて、社宅料毎月二十二円を支拂つて居住していたが、昭和二十年九月二十日退社したので、これにより右貸借関係は終了したにもかかわらず、以來何等の権原もなく右建物を占有している。
よつて、被控訴人は、控訴人両名に対し、所有権にもとずき、それぞれ右建物の明渡を求め、かつ控訴人両名の不法占有により毎月相当賃料と同額の損害を受けているので、昭和二十二年七月一日から右建物の明渡が終るまで、控訴人菅田に対しては、前記建物の相当賃料の範囲内である一ケ月十二円の割合による損害金、控訴人城戸に対しては同じく一ケ月二十二円の割合による損害金の支拂を求む。
尚仮に、被控訴人と控訴人両名間に賃貸借関係が存在したとしても、被控訴会社は、日本産業再建のため漸く多忙となつてきたので他の從業員を收容するため自ら使用する必要に迫られ、昭和二十二年七月頃、控訴人等に対し、それぞれ解約の申入をしたから、以來六ケ月を経過した昭和二十三年一月末日右貸借関係は終了したというべく、從つて控訴人等は結局明渡を拒むことはできない。」
控訴人等代理人は、答弁を次の通り述べた。
「被控訴人が、その主張のような会社であつて、別紙目録記載の建物を、從業員用の社宅として所有する事実、控訴人菅田が、昭和二十年十一月十五日以來、別紙目録記載(一)の建物に居住し、控訴人城戸が、昭和二十年四月十日、社宅料毎月二十二円の約にて別紙目録記載(二)の建物を借受け、以來これに居住している事実はいずれもこれを認めるが、被控訴会社に社宅貸付規定なるものがあるかどうかは知らない。控訴人城戸と被控訴人との間に、從業員として在職中に限り居住するとの特約のあつた事実は否認する。仮に、そのような特約があつたとしても、右貸借関係は賃貸借であるから、借家法第六條により無効である。從つて、控訴人城戸は退職の一事により明渡す理由はない。
尚、被控訴人から解約の申入があつたことは否認する。仮にあつたとしても、現在のような住宅拂底の際、被控訴会社は、多数の社宅を所有し、その一部を空家のまゝ放置している現状であるから、明渡を求めるにつき正当な理由があるとはいえない。」
控訴人等代理人は、抗弁を次の通り述べた。
「一、控訴人菅田について、
控訴人菅田は、昭和二十年十一月十五日、別紙目録記載(二)の建物を、被控訴人から、賃料一ケ月十二円、期間の定なく賃借し、以來被控訴人は、昭和二十二年六月まで異議なく賃料を受領しているから、明渡を求めるは失当である。
二、控訴人城戸について、
仮に、昭和二十年九月二十日、控訴人城戸の退社により、貸借関係が終了したとしても、その後同控訴人が建物の使用を継続したのに対し、被控訴人は、遅帶なく異議を述べなかつたのみならず、爾來昭和二十二年六月分まで毎月十二円の賃料を受領していたので、前賃貸借と同一の條件をもつて更に賃貸借をしたものと見なさるべきであり、或は改めて身分関係と離れた賃貸借が成立したというべきである。
よつて、被控訴人の請求は理由がない。」
被控訴代理人は、右抗弁に対して次のように述べた。
「控訴人菅田と被控訴人との間に、賃貸借契約が成立した事実は否認する。同控訴人から、昭和二十二年六月分まで毎月十二円受領していた事実は認めるが、右は損害金として受領したものであつて、賃料ではない。
控訴人城戸と被控訴人との間の本件貸借関係は、使用貸借であり、又は使用貸借類似の契約であるから、借家法の適用はない。故に借家法の適用あることを前提とする抗弁は理由がない。仮に借家法の適用ありとしても、被控訴人は、同控訴人の使用継続に対し遅滞なく異議を述べたが、しばらくの猶予を求められたので被控訴人指定の日に明渡すという誓約書を入れさせて、その明渡を猶予し來つたに過ぎない、又昭和二十二年六月まで毎月二十二円受領してきたことは認めるが、これは賃料ではなく損害金として受領したものである。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が造船・船舶修理を営業とする会社であつて、別紙目録記載の建物を從業員用の社宅として所有することは、当事者間に爭がない。
一、よつて、まず控訴人菅田久吉に対する請求について判断する。
同控訴人が、昭和二十年九月二十日被控訴会社を退社した後、昭和二十年十一月十五日以來別紙目載記載(一)の建物を占有居住している事実は、同控訴人の認むるところである。
同控訴人は、被控訴会社から賃借したと抗弁するが、同控訴人の供述(原審及び当審)によれば、同人は右居住に際して、被控訴会社の現場職長でありかつ社宅の世話役をしていた堤喜三郎に頼み、同人の了解をえたというのであるが、証人日種純一の証言(当審)によれば、被控訴会社は社宅の世話係に対して社宅貸付の権限を委ねた事実はないのみならず、堤は当時既に被控訴会社を退社していて、社宅の世話係ですらなかつた事実が認められるから、堤の了解をえたとの事実は、同控訴人の主張を認める根拠とならず、他にこれを認めるに足る証拠はないから、被告の抗弁は、認容するに由ない。
そうであるとすれば、同控訴人は、何等の権原がないのに、昭和二十年十一月十五日以來右建物を占有し、被控訴人の所有権を侵害し、これに毎月相当賃料と同額の損害を與えているものといわなければならない。よつて同控訴人に対し、建物の明渡を命じ、かつ同控訴人の不法占有の後であつて被控訴人の請求する昭和三十二年七月一日からその明渡が終るまで毎月十二円(反証がない以上、これは建物の相当賃料の範囲内であると認定する)の割合による損害金の支拂を命じた原判決は正当である。
二、次に控訴人城戸正己に対する請求について檢討する。
同控訴人が、被控訴会社の從業員であり、同会社から、別紙目録記載(二)の建物を、社宅料一ケ月二十二円と定めて借用し、これに居住していたところ、昭和二十年九月二十日被控訴会社を退社した事実は、同控訴人の認むるところである。
およそ、社宅は、使用者がその労務者をして、労務の便宜上これに居住させるものであつて、性質上、その居住関係は、雇傭関係とともに終始すべきものであつて、このことは、入舎に当つて「在職中に限り使用する。」というような明示の意思表示があつたと否と、又当該会社の社宅貸付規定に明示されていると否とを問わず、苟も特に反対の意思表示がなされない限り認めらるべく、仮令社宅料を徴收する場合(この場合は賃貸借関係である)においても、この点に関する限り借家法の適用がないと解するのが相当であるところ、本件においては、右の如き特別の意思表示がなされた事実は、これを認むべき証拠がないから、右貸借関係は、昭和二十年九月二十日、同控訴人の退職とともに終了したものといわなければならない。
同控訴人は、退職後も引続き居住していたのに、被控訴会社は、遅滞なく異議を述べなかつたのみならず依然社宅料を徴收していたから、前契約が更新され、又は新な賃貸借が成立したと主張するが、成立に爭がない甲第二号証(別件における証人日種純一の供述調書)によれば、被控訴会社は、退職した從業員等に対し直に明渡を要求し、猶予を乞う者に対しては、「会社御指定の時に何時でも明渡す」旨記載した誓約書に署名捺印を求めた事実を認めうべく、又退職後は、社宅料としてではなく、明渡延滞による損害金として社宅料と同金額を受領していた事実を窺知しうるから、右抗弁はこれを採用しない。
そうであるとすれば、同控訴人は、昭和二十年九月二十一日以來何等の権原もなく、右建物を不法に占有し、その所有権を侵害し、被控訴人に毎月相当賃料と同額の損害を與えているものといわなければならないから、同控訴人に対し、建物の明渡を命じ、かつ不法占有の後であつて、被控訴人の請求する昭和二十二年七月一日からその明渡が終るまで毎月二十二円(これは、本件建物の終戰当時における社宅料と同額であるから、反証のない限り、右建物の相当賃料の範囲内であると認める)の割合による損害金の支拂を命じた原判決は正当である。
よつて本件控訴は、いずれも理由がないから棄却し、控訴費用は、敗訴の控訴人等の負担とし、主文の通り判決する。
(裁判官 山本信政 地京武人 瀬戸正二)